①「臆病で弱っちい自分」
さて、今までのブログにもたびたび書いてきていますが私は現在、リゾートバイトをするために北海道から山梨県の山中湖まで来ています。
毎日、「うおぉ!めっちゃ楽しい!」と言えるほどではありませんがそれなりに充実しています。
仕事して、ごはん食べて、時々湖や富士山を見にいって、夜は深夜アニメを観たりなんかして・・・。
で、それとは別に。
こっちに来てからというものの、自分自身を見つめなおす機会っていうのがすごく多い気がするんです。
物理的に空白の時間がめっちゃ多くて。
今でも、午前中で仕事終わりとか、午後だけとかの日が多くて1日のほとんどが部屋の中とかざらにあります。笑
で、寮は一人部屋だから必然的に色んなことを考える時間が増えるんですよね。
そんな中で(ああ、孤独だなぁ)とか(あれ?なんでここにいるんだっけ?)とか心が落ち込む時期もあったりしたけど。
最近では、何か大きな存在(人によって神様とかサムシンググレートとか様々な呼び方がある存在)に、
「あなた1回今までの人生振り返っときー。そんで偏った価値観とか考え方を改めて、自分と人をもっと大切にしなさいよー!」
と、言われているような気がしてならないのです。
(神様、絶対そんな口調じゃないと思うけどね 笑)
ちょっと考えがスピリチュアルに寄っちゃうんだけど。
でも、本当にそうとしか思えないほどたくさんの「気づき」があったので。
今までのブログの中でもその「気づき」はちょくちょく書いたりしてるんだけど。
文章化するのが難しかったり、考えたあと疲れてしまって書く気になれなかったりして、書いていないものがほとんどなんです。
でも今日は、珍しく「ぜひ書きたい!」と思える気づきがあったので書いていきたいなぁと思います。
おかんは「臆病で弱っちい人間」です。
三つ子の魂百まで なんてことわざがあるように、小さい頃から今まで変わらずにずっと「臆病で弱っちい人間」です。
そんな私は大きくなるにつれて自分の身を守る術を身につけました。
言いたいことを言わなかったり。
真面目で常識のある人ぶってみたり。
自分の心に人を立ち入らせないためにイライラしたり、怒ったり。
傷つきたくない。でも愛されたい!という一心での行動だったんだと思います。
そうやって過ごしていく中で、私の中にある思い込みが生まれました。
他人は自分を傷つける。他人を簡単に信頼してはいけない。
という考えです。
こうして私は仲の良い友達以外を遠ざけ、無意識のうちに「話しかけるなオーラ」を発していました。
本当はみんなでワイワイしているクラスメイトが羨ましかったのにも関わらず、です。
「話しかけるなオーラ」を出している人に気安く話しかけられる人なんてなかなかいないですよね?
たぶん当時の私は相当話しかけずらい人だったと思います。
でも、その時の私はそれに気づけず
私は無口で話すのが上手じゃないから。
私と話しても面白くないから。
そんな言い訳をしながら「話しかけるなオーラ」を発し、心の中はどんどん傷ついていきました。
そうして、もう傷つきたくない!という思いから、思い込みはさらに拗れていきます。
うるさい奴はバカだ。人に迷惑をかける奴もバカだ。バカだ。バカばっかりだ。
・・・うん、自分で書いといてなんだけどこれはひどいな(笑)
という風に、「仲良くしてるの羨ましい!」の気持ちにフタをして、「私と仲良くできないあいつらはバカだ」と思うことで自分を守る方向にシフトしていったのです。
そうやってずっと心のどこかで人を見下してきました。
そして高校を卒業し、地元を離れ、札幌の専門学校に入ったとき、
もう心を許せる人は誰もいませんでした。
学校にも、バイト先にも、下宿にも、居場所が無いという感覚がありました。
話しかけてくれる人はいたのに、上っ面の笑顔でそれをあしらっていました。
その人たちに悪意があった訳でも、傷つけられた訳でもないのに。
むしろほとんどの人が善意で話しかけてくれていたのに。
「臆病で弱っちい自分」の心はもう目の前の人の心なんか見えていませんでした。
ただひたすら、自分を守ることに精一杯でした。
その時はもう本当に辛かった。
生きている意味すら失いそうになりました。
そこから私は自己啓発本やら精神世界の本やらを読みまくりました。
これだ!という真理を見つけてはそれにしがみつきました。
それから1年ほどで私は学校を辞めました。
もう色々限界だったし、本などで得た知識から「辞めてもなんとかなる!」と思っていました。
(※実際辞めてもなんとかなるもので、今日まで特になんの危機もなく過ごさせていただいております。)
で、それからは下宿を出て、格安家賃のワンルームに暮らしながらバイトとボランティアに明け暮れました。
このボランティアの存在がものすごく大きかった。
(団体名出して良いかどうか分かんないから今回は出さないでおきます。)
子どもたちと一緒に野外活動(アウトドア系の活動全般)する。っていう場所だったんだけど。
同年代の仲間がたくさんいて、当時全然しゃべらなかった私にも分け隔てなく接してくれて。
活動を通して多くの気づきや学び、経験をさせてもらいました。
今使っている「おかん」という名前もその団体でつけられたものです。(参加している全員がなんらかのニックネームをつけられる。)
「おかん」という名前に愛着が湧いちゃって離れられないんです(笑)
そうして2年間、今年の3月までその団体にお世話になり現在にいたります。
・・・ふぅ、長い回想だった。笑
で、そんな過去から得た今日の気づきなんだけど。
結局すべては自分の見方や考え方次第なんだなぁ。
そして、思い込みって恐ろしいなぁ。
って、そう思いました。
見方次第でこの世界は愛の溢れる場所にも、誰も信じられない地獄のような場所にもなります。
自分の世界観に囚われてしまうと「自分」しか見えず、周りは信用出来ないものとなり、1人で戦い続けることになってしまうのかもしれません。
どうせなら自分にとって楽しくて安心できる世界がいいよね。
この気づきについてはもう少し掘り下げたいので、この記事は一旦ここで切らせてもらいます。
長くなってしまいましたが、ここまで読んでくださりありがとうございました!
今回の気づきのきっかけになったサイト様です。本当に感謝です。
おかん